シャボン玉のブログ

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姜賢實先生の自叙伝・第四章 その2 世界の復帰の基盤、ロシア (2)

 第4章 世界に御言葉を伝える 
 
世界の復帰の基盤、ロシア(2)


私が行った頃のロシアは、真の父母様のお話のように、食口たちの90パーセントほどが若い大学生であり、彼らが活発に伝道活動を展開していました。モスクワの東西南北の大学街を中心とした伝道センターが運営されており、毎日若い献身者たちが熾烈(しれつ)に活動していました。原理講義もセンターごとに活発に行われていました。


そのようにして伝道された若者たちは、徹底した原理修錬と万物復帰、そして伝道活動などの訓練課程を経て献身者になることもあり、核心食口にもなっています。そして、優秀な祝福の候補者として養成されていました。


そのような若い食口たちの躍動的な伝道活動は、ロシアを越えて独立国家共同体(CIS)の各国家やモンゴル、そして中国につながる結果を生み出しました。


そうした基盤の上で、統一教会だけでなく、原理研究会、国際教育財団、天宙平和連合(UPF)などをロシア政府に正式に法人団体として登録しました。その団体がロシアに有益な活動を積極的に展開して統一運動の為の基盤を備えました。


特に、国際教育財団の教育活動と学生の為の倫理道徳教材発刊は、ロシアの教育に多大な貢献をしました。そして、全国的に実施された青少年純潔教育と純潔キャンペーンがロシアの若者たちに大きな影響を及ぼしました。


 ▲ ロシア クレムリン ワシーリー寺院


一方、ロシアは開放が成された自由国家ですが、国教のようなロシア正教会と政治権力によるKGB、つまり国家保安委員会の妨害工作が絶えず宣教の基盤を揺(ゆ)るがせました。20回余りの法廷闘争を進めながら、多くの訴訟費用に耐えなければならず、さらに、数人の宣教師が追放されたりという困難も経験しました。


ロシア統一教会は1992年5月22日、政府に宗教法人として登録されました。しかし、1997年にロシア政府は、無差別的に流入される外来宗教を抑制し、ロシア正教会を保護する為の新しい宗教法を制定しました。その法令に基づいて外来宗教人がロシアから追放される状況となりました。ロシア統一教会は6回の登録拒絶を克服し、3年の間粘り強い努力の末に2000年12月21日、ロシアの法務部に再登録を成すという成果を上げていました。


ロシアで共に働いた日本の青木賢次郎夫婦とアメリカのダラス・スタフォード夫婦が献身的に活動しました。オハネス・ピュージは、現地での活動はできませんでしたが、ロシアの為に多くの協助をした人です。また、日本から派遣された女性宣教師の苦労も多かったです。 


私がはじめにロシアに行った時、英語ができなくて多くの心配をしました。昔、英語を少し学びましたが、それをすべて忘れてしまって口が開きませんでした。幸いなことに日本の食口たちが宣教活動をしていて、私が日本語で話すことを通訳してくれました。しかし、日本の食口たちもロシア語が堪能ではないので、英語で通訳してくれました。私が日本語で話すことを日本の食口が英語に通訳してくれれば、ロシア食口がそれをロシア語に通訳してくれるという順序で言葉の内容が伝えられました。そうすると御言葉を話すのにも時間がかかりました。それで英語とロシア語を勉強しました。


通訳をよくしてくれた現地食口のシャシャ・エルチョフがたくさん手伝ってくれましたが、私もロシア語の勉強を熱心にしながら、不十分な英語力を補うために、毎朝、英語の原理講論を読解しながら鉛筆で線を引いて、注釈をつけて真っ黒にしました。その時、ロシアの宣教師であった朴シンジェ牧師と一緒に勉強しました。彼はロシア語もよくできまたが、ロシアに宣教師として来て英語の勉強をして、原理講論に出てくる単語はわからない単語がないくらいに努力しました。そして食口たちにも原理的に正しく教育しました。私は、朴宣教師がロシアに来て、一緒に生活しながら英語原理講論の一冊を全部勉強できたことは、本当に感謝だと思っています。


私は、国家メシヤとして若い食口たちが第一線で活動するために祈祷と精誠で助けを与え、宣教経験の少ない食口たちに私が体験した真の父母様の歴史を証し、信仰の根と伝統を教育することに注力しながら足しになろうと努力しました。そして、毎日零時の祈祷会と早朝訓読会を通して、ロシア復帰のために精誠を傾けました。


最初は、お父様の生涯路程を話すのに8週間程度がかかりました。お父様の心情や思想、お父様の胸の中に埋もれている御旨を説明してみるとそのように時間がかかりました。


ロシアの食口たちは毎年夏に啓蒙伝道をしました。道端で路傍伝道をして万物復帰もするなど、本当に熱心でした。そのように熱心に活動したところ、路傍伝道を通してひと夏には40〜50人が伝道されました。最初に私が行った時は、礼拝をしていた場所の後ろの席に余裕がありましたが、1年で礼拝堂がいっぱいになり、祝福もたくさん受けました。


不思議なことは、私が短い時間の間に核心的な御言葉だけを講義する時にも、食口たちが御言葉を深く理解し、感じるのでした。ロシアの人々は長い間、思想的な枠(わく)を持っていたので頭が良く、純粋なので御言葉をよく受け入れるという気がしました。


安昌成(アン・チャンソン)講師も、ロシアの食口たちは誠実で頭が良いと言いました。「巡回師さん、ロシアの人たちは頭がいいです。40日修錬をさせた後、試験をしたら、百点を取った人が多くてびっくりしました。さらに、ロシアに来て活動しているヨーロッパの宣教師たちよりも成績が良い人たちもいます」と言われました。女性の中にも同時通訳を上手にする人がいたりで、頭が並外れた青年たちが多かったです。


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