シャボン玉のブログ

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姜賢實先生の自叙伝・第四章 その2 世界の復帰の基盤、ロシア (4)

第4章 世界に御言葉を伝える
  
世界の復帰の基盤、ロシア(4)


ロシアの食口たちにはいつも、「ロシアが復帰されたら、中国と北韓も復帰することができ、東北大陸を中心とし、世界も復帰することができる。我々は世界の復帰の中心であるという考えで精誠を込めて熱心にしよう!」と激励しました。


加えて、「ロシアと東北大陸で起こっている役事を見ると、天運が私たちに来た。
我々はこの天運に乗らなければならない。二千年前、イエス様は雲に乗って来られると言ったが、我々は今、真の父母様が勝利された天運に乗ってロシアを復帰しなければならない責任がある」と強調しました。


ロシアの食口たちは真(まこと)に熱心に活動し、心情的な信仰生活をしていました。
ロシアでは七十年間、神がいないと言っていました。ところが、その所の人々は私たちの御言葉を聞いて祝福を受け、新しい人生を生きています。時には、周囲から信仰的な迫害を受けて無視されたりもしましたが、休まずに路傍伝道をする姿を見ながら多くの感動を受けました。特に、冬は寒さがひどくて伝道ができないので、夏の間に最善を尽くして伝道をするのですが、その期間の間に食口たちが一つの心になって精誠を尽くして路傍伝道をする姿は、真(まこと)に恩恵深いものでした。


ロシアにいる期間、私は地方の教区を巡回し、伝道センターを訪問して真の父母様を証しするために渾身(こんしん)を尽くしました。また、巨大なロシアの国土と自然、そして歴史的な都市を見回って多くのことを感じ、特に共産主義時代に無残に犠牲になった多くの恨みを持った霊の哀歓(あいかん)を考えながら祈りました。



私がロシアで忘れることができなかったことは、長い間、故国と家族を残して開拓宣教の第一線で犠牲を払いながら苦労した宣教師たちの活動でした。彼らの活動に感激して頭が下がることが多かったです。そして、神がいないと信じて生きてきた共産主義国の若者たちが、原理の御言葉を通して涙をうるませて感動し、神様と真の父母様の真の子女になり、極寒の中でも路傍伝道と万物復帰の活動をしていた姿や、家庭の迫害により親兄弟を離れ、学校も休学して御旨の為に献身している姿を見た時に、神様に感謝し、真(まこと)に大きな感動を受けました。


毎週日曜日になれば、モスクワのある場所に600人余りが集まって礼拝を捧げるのですが、いろいろな所から荷物を背負って地下鉄に乗って礼拝の場所に向かって集まり、並んで来るのでした。私はそんな光景を眺めながら、「もし、彼らが原理の御言葉に感動しなかったなら、どうしてあのように集まって来ることができるだろうか」と考え、宗教を抹殺して血の革命に始まった共産主義国家、その心臓部であるモスクワの真ん中で、これほど多くの人々が集まって神様と真の父母様に礼拝を捧げることができるということは、真(まこと)に夢のような現実でした。神様と真の父母様、そして原理の御言葉の偉大さに再び両手を合わせて感謝の祈りを捧げました。


1996年の世界平和統一家庭連合の創設と共に、それに続く世界的な360万双の祝福に向けた活動は、ロシアでも全国的に展開されました。私もやはり、公共の場所で共に、聖酒祝福を分け与える活動に参加しました。


2000年になって、真の父母様が国家メシヤを韓国に呼ばれました。私も宗族(そうぞく)メシヤの活動と祖国光復に臨めという命に従い、韓国に帰って来ましたが、今もなお現地指導者との関係を維持し、精誠を注いでいます。


最近のロシアでは、祝福二世たちが毎日のように生まれ、その数は日々増加してロシアを祝福の国として作ることができる希望のニュースが継続して聞こえてきます。


18年間の長い歳月の間、宣教の荒れ地だったロシアと共産圏世界に宣教の種を蒔いて確実な基盤を固めた、石竣昊(ソク・チュノ)会長夫妻の、言葉では表現できない物心両面の苦労に深く感謝致します。そして宣教師たち、ロシア協会長アレクセイ夫婦、ウィリアム氏とフジコさんの計り知れない苦労は、神様と真の父母様が記憶されるものです。


私は今は年をとり、ロシア語もわかりませんが、後ろでロシア食口たちの力になってあげ、祈ってあげるのが私の責任だと思います。今後、より良い実績を残すことができるように、良くやらなければならないという気持ちをいつも持っています。




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