シャボン玉のブログ

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姜賢実先生の自叙伝 ; 第4章 後半 宗族メシヤの宣布と養子入籍(2)

第4章 後半 アウグスティヌスと祝福結婚
  ▲宗族メシヤの宣布と養子入籍(2)


養子入籍式での挨拶の言葉 


お忙しい中にも、この席を輝かせるために参席して下さった黄善祚(ファン・ソンジョ)会長、李載錫(イ・ジェソク)会長ご夫妻、鄭大和(チョン・テファ)会長、特に日本から来られた朴インテク先生の家庭をはじめ、ここに参席して下さった多くの先生方に、心の奥底からにじみ出る心情で感謝の意を表します。


特に、この席には姜(カン)ミング君のご両親が参席して下さり、いっそう感謝します。この時間は、私達アウグスティヌス家庭に姜(カン)ミング君を息子として入籍して下さった神様と真の父母様に感謝を捧げながら、各先生方と共にこの喜びを分かち合いたいと思います。事実、多くの方々を迎えようとしたのですが、あまりにも忙しい時なので、迷惑になるかもしれないと思い、数人の方だけをお迎えしました。


この養子問題は、数十年前の玉(オク)氏のお母さんが、小さな、幼い子供でももらって育ててみたらどうかという話があった時から提起されました。私はその時、「私一人で暮らすのもこんなに大変なのに、他人の子を連れてきては苦労ばかりさせるから...」という考えで断りました。


2002年に米国建国226周年記念日であった7月4日の8千双の祝福式に参加するためにワシントンに行った時、父母様が養子について言われました。その日の夕方、真の父母様と梁会長をはじめとする幹部数人が夕食をする時間に、私はアトランタで活動していた内容を報告した後、真のお父様が、「賢實(ヒョンシル)、養子が欲しいか?」と尋ねられました。その前から、真の父母様はたびたび、天国は夫婦が子女を連れて入るところだと言われていたので、私は思わず、「はい、欲しいです」と答えました。考える余地もなく、そのように言いました。そう言わないと不敬罪に引っかかるように思われたのでした。


その後、真のお父様は、宗族の中で養子になれる人を三人推薦してもらって立てなければならない、と言われました。そう言われて、「賢實(ヒョンシル)、また大きな心配事ができたな」と言われながらも、その場で三度も、「養子が必要だろう?」と尋ねられたのでした。このように、私が養子を迎え入れることになったのは、真の父母様が動機になって下さったからです。


私の故郷は、慶尚北道の榮州(ヨンジュ)です。故郷でミング君のお母さんに会って、こんな話をしたことがあります。「私はこのごろ心配事が一つできました。」と言ったところ、何が心配ですかと聞かれました。「真の父母様が、宗族の中で養子を立てるようにと言われました」と言いました。


その時、ミング君のお母さんである金ジョンヒさんが言うには、「じゃあ、私たちの息子を連れて行って下さい」というのでした。「その子を養子に出すことができますか?難しいことなのに」と言いました。すると金ジョンヒさんは、「真の父母様が願われるのなら、私たち夫婦にとっては栄光です」と受け入れてくれたのです。


それで、1年近く精誠を込めました。「神様が準備しておいて下さった良い息子を送って下さることを信じています」という祈祷でした。


その後、真のお父様に報告申し上げたところ、最善の方法はアウグスティヌスの子孫から探すように、ということでした。それである人にEメールを通して、探してほしいというお願いをしたりしました。アウグスティヌスの子孫で見つからない場合は、次善の策として姜氏の宗族の中で、親族の序列から見て、自分にふさわしい世代から養子を立てなさいと言われました。それも易しいことではありませんでした。


2005年1月に、真の父母様にミング君についての話を申し上げると、「それはいいな!」でした。「実際は親族の序列で見たら、私が一世代下になります」と報告をしたところ、「三代までは大丈夫だ」と言われて、決定して下さいました。私はその決定に感謝を捧げました。


4月2日から、ミング君は私の家に来て一緒に生活していますが、私は父母の心情など、多くのことを学び、また、実感しています。私がかつて日本に行ったとき、「神様が自分の体として創ったアダムとエバをサタンに奪われた時、父の心情はどれほど痛くて、こころ苦しく、くやしく、哀しく、痛ましかっただろうか?子女を失ってしまい嘆かれる、かわいそうで無念な父なる神様、悔しく恨(ハン)に満ちておられる父が、今も私の名前を呼びながら訪ねて来ておられるのに、私は父に逆らい背信していないか?」と話したところ、あちこちで泣き声が聞こえてきました。


しかし、その時の私の心情と、ミング君が入って来た後に感じる(心情の)次元は大きく異なります。これは理論でも教育でもなく、本当に私の血と肉と、そして骨の中の深いところからにじみ出る、母子の心情を体恤したからです。真の父母様が私に、地上に住んでいる間に母子の真の愛を感じて霊界に行けと、このように養子を立てて下さったことがわかりました。これを感じられないで霊界に行けば、私は立つことができる場の幅がどれくらい狭く、また、その悲惨さは言葉では言い表せないということを考えました。


母親が子女の為に捧げる祈りは、ある形式や儀式や制度や法に縛られてする祈祷ではなく、本当に血と肉、骨の中で爆発して出てくる真実な祈りです。唯一でありがたい、真の父母様と肉身の父母が、私にその心を植えつけて下さったことに感謝いたします。


ここにおられる皆さんは、数十年間、子女たちを愛して来られました。私は、ほとんど八十歳になってこの愛を始めたので、この短い期間で数十年子女を愛してこられた皆さんと同等の立場に立つためには、私はその数倍、より愛していかなければならないと考えており、非常に忙しい日々を過ごさなければならないと思っています。


しかし、そのように考えることも重要ですが、もっと大切なことは、ここに髪の毛ほどの小さな不信、不純物、不義も混ざらない、真実なるものが動機となって、過程と結果も真(まこと)なのかがより重要だと思います。一生を偽りなく生きようと努めてきた私は、それほど虚飾はしないだろうと、多くの先生たちの前で言うことができます。


ミング君が来て以来、私の心は、まことにうれしいです。それで、私はこのように話しました。「ミング、私はこのごろ若返ったようだ」と言ったら、ミング君が、「どうしてそう思われますか?」と言うので、「あなたが来て、私の心はこんなに喜びうれしいので、これが表に現われたら当然、若くなるのではないの?」と言いました。


前からミングを見ても、後から、横から見ても非常にかわいく見えました。ミングは、実際に家に泥棒が入ってきて全部持って行っても分からないくらいよく眠ります。しかし、隣の部屋で息子が寝ていると考えただけでも心強いし、なんだかもたれたい気持ちになってしまいます。


特に今日、まず初めに、神様と真の父母様に、「感謝します」と両手を合わせて敬拝をお捧げします。そして次には、ミング君のお父さんとお母さんに、「感謝します」と心からありがたい気持ちを申し上げます。このすべてが皆さんの祈りの結果なので、皆さんにも感謝のあいさつを申し上げます。 


息子を26年間も育ててからどこかに送ることは、誰もが簡単にできることではありません。でも、今日はこのお二人に、「安心して下さい。私は最善を尽くします」と申し上げたいと思います。私たちの家庭で、今まで地球上にあったどんな息子への愛よりもはるかに超える真の愛、真の父母様が教えて下さった真の愛の美しさを、歴史に永遠に残すことができる花を咲かせるでしょう。私には何もありませんが、聖アウグスティヌスは、今から1651年前におられた方として名声を残しました。多くのクリスチャンたちが崇める真の信仰をしてきた方です。今もキリスト教の歴史では、彼の母親であるモニカについて、息子を立派に育て上げた方だと記録しています。


したがって、遠い後日の歴史が、「聖アウグスティヌスの家庭に康(カン)ミングと呼ばれる息子が入籍し、彼の母親と短い期間を共に過ごしながら、真の父母様を愛し、また証しする証人(あかしびと)としての家庭を成し、その母子の真の愛は多くの人々が見習っても恥ずかしくない生を生きた」と記して、子孫たちの前に、また歴史の前に永遠に誇れるようにしようと思います。ありがとうございました。(2005年4月22日)


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