シャボン玉のブログ

韓国情報、韓国聖殿の近況や私の日常のつぶやきなど綴っていきたいです。

姜賢実先生の自叙伝 ;6章 4. 金永雲先生から頂いた手紙

回顧録の付録「心情の交流」、手紙のやり取りの続きです。


ところで、休止している最中に元老・姜賢実(カン・ヒョンシル)先生が康(カン)チャムオモニム(真のお母様)になられました。よって、この姜先生の自叙伝は単なる一元老の自叙伝ではなく、天宙の真の母の、永遠なる記録となります。


成和出版社が絶版にした姜先生の自叙伝ですが、神様が導いてなぜか私のコンピュータに原文が保管され、このブログでその日本語全文が紹介されます。
(成和出版社発行の姜先生の自叙伝は重要な第二章を含む半分が削除されています。日本語版姜先生の自叙伝と言われている「天使のラッパを高らかに」は崔先吉(チェ・ソンギル)女史が登場する重要な第二章を含む約半分が削除されています。)


もし戦争が起きれば、私が持っているその記録も無くなってしまうかもしれません。
心ある方々はぜひご自分のコンピュータに保管して下さり、人類の宝物として保存して下さることをお願いします。


まとめてご覧になりたい方は、私のブログの右下、『カテゴリー・タグ』の上から4番目の『姜賢実先生の自叙伝』をクリックしてくだされば、まとめてご覧になれます。



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▲金永雲(キム・ヨンウン)先生から頂いた手紙


賢實(ヒョンシル)さん。


今日待望の手紙をいただきました。
お忙しい中、その回答をいただき誠にありがとうございました。


私の手紙を受け取られなかったと聞いたので、すぐにこれを書いて送ります。
他でもなく、鄭錫温(チョン・ソクオン)氏の年齢とその方の母、金聖道(キム・ソンド)氏が何年に出生して何年に他界したのかを聞いたのです。金百文(キムペンムン)氏についてはそれだけでいいです。


しかし、百文氏は直接受けられなかったのですが、その方が教えた真理の内容はどこから来たものなのでしょうか?とても気になるのですが、李奇完(イ・ギワン)さんに一度聞いてみて下さい。そして劉明花(ユ・ミョンファ)氏が韓国再臨の啓示を受けたのは確かなのですか?


先生がここに来られたら、詳細をお伺いしてみますが、賢實(ヒョンシル)さんに調べてみてほしいのです。韓俊明(ハン・ジュンミョン)さんに会うのはそれほど必要ではありませんが、劉明花(ユ・ミョンファ)氏が受けた啓示の内容をもう少し確認できるならば、有益なことでしょう。


秋の学期が12月15日に終わったら、再びワシントンに戻り、冬の三カ月を過ごすことになります。お手間を取りますが、教会に行かれれば錫温(ソクオン)さんと奇完(キワン)さんにそれとなく上のいくつかを聞いてみて下さい。


今回も大きな祝福式があるのですか?朝食会の結果はどうだったでしょうか、卓明煥(タク・ミョンファン)氏の公開謝罪の余波はどんなものでしょうか?宗教界では多少態度を変える傾向はないのでしょうか?百文(ペンムン)氏の集団の名前はイスラエル修道院だったでしょうか?


近頃の教会の雰囲気はどうですか?活気がよく出てきて、熱心に御業をしてるのでしょう?祝福結婚式のためにとても忙しいのではないですか?


それでは、いつも健康でいて下さい。


金永雲(キムヨンウン) 拝(はい)


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▲ 朴奉愛(パク・ボンエ)会長が送ってくれた手紙


懐かしい賢実(ヒョンシル)さん!


韓国から発ってから20日になりました。時差のためかまだ頭がふらふらし体が正常ではありません。


これまで勝利の栄光を抱かれて帰国された父母様を迎え、どれほど感激と感謝の歓迎大会を持って喜んだでしょうか? 同参することができずに離れているこの身体は先週の日曜日のアメリカの教会で、日本・韓国教会全国礼拝を行い、李ソンス教区長の報告を聞きながら、懐かしさに気を慰めながら家に帰りました。


崔金順(チェ・グムスン)さんは日曜日になると教会に案内してくれて、古い食口達とも会って嬉しがっていました。金順(クムスン)さんはお嫁さんが出産すると言ってニューヨークに発ちましたが、孫に男の子が生まれました。


上の二人の息子達はニューヨークに行って大学に通っていて、家には5人の息子と2人の娘を連れて生活しますが、その9人の娘と息子だけ見ても、世の中にうらやましいものが何もないくらいに福を受けた方です。6月頃にニューヨークに引越しをするというので、寂しくもなります。夫はいなくても7人の息子がお父さんのようによく育っていて、うらやむものがないようでしたよ。


きのう、崔ゲスンさんがきたと電話をくれて、次の日曜日に会えることを期待しています。古い食口たちと日曜日に会うことを楽しみに思って指折り数えて待っています。あまりにも澄んだ空気、静かで美しい環境、交通難が何なのかを感じることもなく生きていくここの人達は祝福を受けています。家の周りの美しいところがすぐ散歩できる小道であり、名前も知らない小さな鳥が飛んでいる様子は、深い山の中に入って来たようです。友人さえいれば別天地にいるようです。


ソウルの濁った空気と騒音、複雑な交通を考えると、むしろ申し訳なさを感じるほどです。これまで特別に愛して下さり大切にしてくれた賢実さんの温かさに日を追うほどにより慕わしさを感じるようになります。


3年が過ぎて韓国に行ってみることになったので、寂しさと懐かしさを噛みしめながら生きていくようになりました。その間もっと活動されて宗教統一は韓国女性の力で高い旗を揚げて先頭に立つよう願います。


こちらは婦人食口たちが多くありません。ありったけの力と精誠をすべて尽くし注いでみようとしますが 、まだ条件が許されなくて自信がありませんが、精一杯やってみようと思います。


いつも健康であられ、さらに情熱を燃やされて唯一の統一教会の女傑として先頭に立たれることを願って、聖女会の幹部の皆さんの愛の服を着るたびに、私も力を出そうと思います。


どうかよろしくお伝え下さい。ではこれで。


1987年 朴奉愛(パク・ボンエ)拝(はい)



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<参照> 朴奉愛先生の事を知りたい方はこちらをどうぞ。





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