シャボン玉のブログ

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姜賢實先生の自叙伝・第四章 その2 世界の復帰の基盤、ロシア (3)

第4章 世界に御言葉を伝える
  
世界の復帰の基盤、ロシア(3)


ロシアで活動した中で最も記憶に残ったことは、モスクワの近くで、再臨主を迎える為に50年の間に祭壇を築いて準備した人たちと会ったことです。それらの人々は50年間、イエス様の写真を掲げて祈りと精誠を込めていました。不思議なことは祈祷中に、イエス様の写真が変わるということでした。イエスの表情が笑っている日には良いことが生じ、固い表情をしている日には必ず問題が生じるというのでした。そのように50年が過ぎたのですが、突然啓示が降り始めました。「主が今地上に来られる時がきた。主は東方から西に来られる。その方は世界人類から敬拝を受ける方であり、世界人類が、来られる主に敬拝を捧げるべき時になった」と啓示が来たと言いました。それで、その人たちは来られる主に敬拝を捧げようと準備していました。


ところで、それらの人々の代表が真の父母様の御尊影(そんえい=お写真)を見て、「ああ、この方が来られる主です」と証ししました。「主に会えるとは…50年の願いがかなうようになりました」と言ってパーティーを開きました。その代表はそれほど喜んで、食口たちも恩恵を受けました。「50年の間、私たちだけが準備してきたと思ったら、こんなに多くの方々が主を迎えて敬拝をするので嬉しい限りです。私たちと共にする同志が多いので、ありがたいです」と感想を話したりしました。それらの人々は皆、原理修錬に参席した後祝福式に参加しており、今も信実(しんじつ)な信仰生活をしています。



もう一つ、神妙なことがありました。ある食口が路上や公園での伝道活動を続けたのですが、不審者として誤解を受けて警察に捕まりました。警察署で調査を受けて取り調べを受けるようになったのですが、その食口は堂々とした態度で、自分がどんな者で、どんな内容を伝えているのかを警察に説明したと言います。


警察はその説明をすべて聞くと、「私と一緒に行きましょう」と言いながら、どこかにその食口を連れて行きました。その食口はどこに連れて行かれるのかわからなくて心配したのですが、警察の態度が信頼できるので信じてついて行きました。すると、ある家の前に立って、「この家は私の家です。私たちから祝福をして下さい」と言ったというのです。それで、その家を訪問して祝福説明会を持ち、その警察夫婦が祝福に参加することになりました。


その次には、その警察官が恵みを受けて、自分の親に祝福を受けさせ、周囲の他の警察官まで伝道して祝福を受けるようにしました。ロシアでは、そのような例が本当に多かったのです。原理が分からない時は反対しましたが、分かった場合にはそのような大きな役事が起こりました。



ウクライナでも大きな役事が起きました。ウクライナでは、1990年以降に登録された宗教法人を再登録するように公示がされました。ロシアでそんなことがあったのですが、ウクライナでも似たようなことがあったようです。ところが、ウクライナ政府から宗教法人の認可担当を務めていた人が私たちの教会について誤解をして、継続許可を出してくれませんでした。


それで直接その人に会って、統一教の教理と思想を一つ一つ説明をしたといいます。その人は御言葉を聞いて大変感動して、「それでは私から祝福を受けさせてください」と言いました。


しばらくして、その人が電話をかけてきました。「ここで30双程度の祝福を受けることができる準備をしたので、ちょっと来て祝福をして下さい」というのです。それで、二人の食口が祝福をしに行きました。ところが、いざ現場に行ってみると、千人を超える人々が集まって祝福式に参加しようとしました。その二人の食口は30双の祝福式を予想して準備して行ったのですが、あわてふためくしかありませんでした。しかし、すぐに状況を把握し、12組を代表として選んで壇上に立てて祝福式を進行しました。


すると、残りの人たちも祝福を受けさせてくれ、祝福式に参加させてくれと騒動を起こしました。それで、その次からは2千双、3千双、5千双ずつ集めて祝福をしてあげたそうなのです。そのような役事がウクライナで起きました。


その人は、あまりにも大きく恩恵を受けて原理講論を三回精読して、1997年8月から30万双を祝福しました。私はそんな話を聞いて、「ウクライナ国家メシアである鄭壽源(チョン・スウォン)会長が精誠をたくさん尽くす方なので、奇跡が起きた」と思いながら感嘆しました。


そのような役事がロシアを中心としたアジアの東北大陸で成されました。東北大陸の多くの国が国家的な次元で祝福式を開きました。国家指導者たちを中心に、「ファミリー・フェスティバル」を開催し、人々を集め、そこに参加する夫婦の中で最も高齢の夫婦や、子供をたくさん生んだ夫婦に贈り物を与える祝祭を開催しました。そのような祝祭を教会が主催したのではなく、感動を受けた国家指導者たちが直接主催し、行事の経費から一切の責任を負う場合が多かったのです。


そのような役事に接しながら、私は朝と夕方に朴シンジェ牧師と一緒に祈祷の祭壇を築き、精誠を込めました。東北大陸、その中でもロシアはお父様が国家的に復帰されることを望まれた所であり、米国の二倍に達する面積を持つ国であるので、ロシアが復帰されれば、世界の半分が復帰されるという心で祈りました。



■靑坡洞(チョンパドン)路傍講義(英語1分40秒)

2013年6月2日路傍講義(英語)


ロシアから韓国に聖地巡礼にきて、ソウルの靑坡洞で路傍講義をしている食口に
出会い、喜ぶウクライナの食口たち。


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