シャボン玉のブログ

韓国情報、韓国聖殿の近況や私の日常のつぶやきなど綴っていきたいです。

姜賢実先生の自叙伝 ;6章 付録 心情の交流 6. 朴奉愛会長が送ってくれた手紙/ 7. 金ピルギョ先生が送ってくれた手紙 / 8. バク・シンジェ牧師から受け取った手紙

今、『姜賢実先生の自叙伝』の中に『付録』として挿入してくださった手紙のやり取りをアップさせていただいていますが、読み直しながらふと思ったのは、まるで新約聖書に挙げられている、弟子たちが互いに励まし、その地域の状況を伝え相談しながら手紙のやり取りをしていた内容みたいだと思えました。


新約聖書にも『パウロ書簡』や『公同書簡』が入っています。
これが1000年、2000年過ぎて、当時の主と共に生きて活動された信徒たちの手紙として、当時の状況を探り、勇気を与え、思いを馳せることができる貴重な内容になっていくのでしょうね。


貴重な書簡を共有してくださったことに感謝してしみじみと読ませていただきたいです。


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6章 付録 心情の交流
▲朴奉愛(パクボンエ)会長が送ってくれた手紙


懐かしい賢實(ヒョンシル)さん!


韓国から発ってから20日になりました。時差によるのかまだ頭がふらふらし体が正常ではありません。


これまで勝利の栄光を抱かれて帰国された父母様を迎え、どれほど感激と感謝の歓迎大会を持って喜んだでしょうか? 同参することができずに離れているこの身体は先週の日曜日のアメリカの教会で、日本・韓国教会全国礼拝を行い、李ソンス教区長の報告を聞きながら、懐かしさに気を慰めながら家に帰りました。


崔金順(チェグムスン)さんは日曜日になると教会に案内してくれて、古い食口達とも会ってうれしがっていました。金順(クムスン)さんはお嫁さんが出産すると言ってニューヨークに発ちましたが、孫に男の子が生まれました。上の二人の息子達はニューヨークに行って大学に通っていて、家には5人の息子と2人の娘を連れて生活しますが、その9人の娘と息子だけ見ても、世の中にうらやましいものが何もないくらいに福を受けた方です。6月頃にニューヨークに引越しをするというので、寂しくもなります。夫はいなくても7人の息子がお父さんのようによく育っていて、うらやむものがないようでしたよ。


きのう、崔ゲスンさんがきたと電話をくれて、次の日曜日に会えることを期待しています。古い食口たちと日曜日に会うことを楽しみに思って指折り数えて待っています。あまりにも澄んだ空気、静かで美しい環境、交通難が何なのかを感じることもなく生きていくここの人達は祝福を受けています。家の周りの美しいところがすぐ散歩できる小道であり、名前も知らない小さな鳥が飛んでいる様子は、深い山の中に入って来たようです。友人さえいれば別天地にいるようです。


ソウルの濁った空気と騒音、複雑な交通を考えると、むしろ申し訳なさを感じるほどです。これまで特別に愛して下さり大切にしてくれた賢實さんの温かさに日を追うほどにより慕わしさを感じるようになります。


3年が過ぎて韓国に行ってみることになったので、寂しさと懐かしさを噛みしめながら生きていくようになりました。その間もっと活動されて宗教統一は韓国女性の力で高い旗を揚げて先頭に立つよう願います。


こちらは婦人食口たちが多くありません。ありったけの力と精誠をすべて尽くし注いでみようとしますが 、まだ条件が許されなくて自信がありませんが、精一杯やってみようと思います。


いつも健康であられ、さらに情熱を燃やされて唯一の統一教会の女傑として先頭に立たれることを願って、聖女会の幹部の皆さんの愛の服を着るたびに、私も力を出そうと思います。


どうかよろしくお伝え下さい。ではこれで。


1987年 朴奉愛(パク・ボンエ)捧ぐ


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▲ 金ピルギョ先生が送ってくれた手紙


姜賢実(カン・ヒョンシル)オモニに捧げます。


名前の分からない鳥のさえずりと共に窓際に静かに訪ねてくる夜を歓迎しながらペンを取りました。


ろくにお休みになることもできず、昔からひたすら走られるオモニを思ってみます。
いつも思いやりを持たれて、まるでお父様をお伺いする気持ちになるようにして下さったのはまさにオモニでした。


ピルギョはあまりにも不足な中で、続けて仕事しようと多くの努力をしています。
どうすれば、お父様を最もたくさん慰労して差し上げられるか考えはしますが、
まだ最高の答えを得られずにいます。


食口の皆さんに接するたびに不足さを実感したりします。常に不足の穴を埋めようと必死に頑張っていますが、簡単には満たされないようです。


原理講義や、御言葉の代身をせねばならない時は、まるで瀕死の状態にあるような気分を感じます。まだ一度も御言葉だと言うことのできる水準の御言葉を言ってみることができませんでした。


不足な実力で原理講義をしなければならない立場だから、天のお父様を頼りにするだけです。こうしてみると、ろくに外に出て伝道活動をすることができませんでした。
因縁のある食口の皆さんを掴んで、身もだえをするのです。あまりにも人里離れた家だから、夜になれば肝がまるで豆粒のように小さくなることもありました。


3日前からの若い女性食口が一緒に来て、私の生活を支援しています。外的環境につきましては、統一教会の牧師としては、あまりにも過分ではないかという思いがする時が多いのです。すでに家庭のすべてのものを捨てて出てきたので、ここで後退せず、最高の心を尽くして御旨を果たそうと思います。


13日には、20余名の機動隊員が来て17日までの5日間活動をします。まだ小さな開拓教会としては大きな祝祭でないはずがありません。昨夜は、機動隊員達を迎えるために、食口4人と徹夜をしました。この教会の青年会、幼年会、学生会など、さまざまな集会や組織が生じるのを夢見ながら、ずっと休まずに精誠を注いでいます。


ほとんどの食口たちが入教してから6カ月未満の食口たちで、1カ月未満の食口たちも多いのです。日曜日の昼の礼拝は2~3人が出席しますが、夜の礼拝は、十人を超える食口たちが参加します。


このように不足なピルギョが、親しく下さる書信を受けることができることも感謝ですが、一度来られると言われるので、何と感謝の気持ちを表現していいかわかりません。期待に沿えるように最善をつくすつもりです。


今月末にはおそらくソウルで私たちの仲間が同じ席を用意するかもしれません。
それでは、簡単に言うことを聞かない体をおして、苦労される巡廻師様の前に天の加護があられることを願いながらペンを置きます。


1973年3月6日、金ピルギョ捧ぐ



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▲  バク・シンジェ牧師から受け取った手紙


尊敬する姜会長様に。


会長様その間お元気でいらっしゃいましたか?本格的な蒸し暑さの中でどのように過ごされていますか。韓国は真の父母様に侍り、ピースキングカップのサッカー行事で、とても恩恵深い瞬間になるだろうと思います。


ここモスクワでも最近は30度近い蒸し暑い天気が続いていますが、日光が不足している国なので、誰一人日傘を使う人もなく、夏の日差しを楽しんでいます。


大母様の大会は、千人余りの食口たちが新しい建物に集まる中でとても成功的に終わって、大母様の一行も非常に喜んでいました。今は受けた恵みに支えられ、すべての食口たちが夏季伝道活動に総動員されています。


そして韓国で開催される世界文化体育大典と祝福行事の準備のために忙しい日々を送っています。超宗教体育大会のために100人以上の選手を韓国に送ります。そして、世界頂上会議に送る指導者を準備しています。いろいろ重なった行事で、食口たちの経済事情があまりにも難しいために、たくさんの人を送ることができません。


私たちには、先ごろ孫が生まれました。名前をパクソンフン(朴成訓)と名付けました。会長様が祝祷して下さったので安産だったと言います。


会長様がいつもお元気で楽しい日々を送られるよう願っています。
行事の時に韓国でお会いいたしましょう。さようなら。


2005年7月20日バクシンジェ捧ぐ





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